「サイバーパンクは死んでいない-(遅ればせながら)ユーモアのセンスを開発したところなのだ」という評価も、『スノウ・クラッシュ』の特徴を表している

あるいは、SF情報誌≪ローカス≫の「サイバーパンクは死んでいない-ただ(遅ればせながら)ユーモアのセンスを開発したところなのだ」という評価も、『スノウ・クラッシュ』の特徴を表していると言えよう。

スノウ・クラッシュ 下 ニール・ステーウンソン p.382 日暮雅通による「訳者によるあとがき」

メタバースの原典、その語源となったもののコンセプトを描いた小説、と紹介されることが多い本書。その下巻。

メタバースという言葉について押さえておきたい向きにはぜひ下巻巻末にある著者による「謝辞」に目を通していただきたいです。そこに「メタバース」という言葉が生まれた背景が告白されているから。

さて、巻末の「謝辞」は本編を楽しんでから目を通すとして、作品本体はどうだったでしょうか。ヒロとYTのスピードについていけましたか。

自分は「メタバース」を理解する目的で本書を開いたため、なんだか最初からボタンを掛け違えたような収まりの悪さを感じてしまいました。

しかし、こちらも巻末に収められた「訳者によるあとがき」で紹介された「ローカス」での書評を知り、納得。

誤解を恐れず、分かる人には分かるかもしれない例えでいうと、ニール・ステーウンソンは小松左京に対する「筒井康隆」的立ち位置で存在感を出した作家であり、少なくとも「スノウ・クラッシュ」はサイバーパンクを「筒井康隆」的に描くと…そんな作品です。

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