FINAL FANTSY Ⅶ日誌 第1日「始める」

「FINAL FANTSY Ⅶ」は1997年1月にPlayStation用ソフトとして発売されたゲームで、iPhone用アプリとして登場したのは2015年8月。なお、2020年4月にはグラフィックをアップデートしたリメイク版がPS4用ソフトとしてリリースされています。

この「FINAL FANTSY Ⅶ」のiPhone版のプレイ日記を自分語りを織り混ぜ、記録したいと思います。

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わからないまま戦闘のプロとしてオロオロする、あるいはオープニングとチュートリアルを兼ねた序盤の記

「FINAL FANTSY Ⅶ」は初見プレイです。遊び込んだコンソールゲームは「スーパーファミコン」の世代なもので、「FINAL FANTSY」シリーズは6作目まで。「FINAL FANTSY Ⅶ」が発売された当時、ゲーム業界の片隅に籍を置きながら、新しいビジネスのことで浮き足出した頃で、横目で見ながら、ついにやり込むことなく過ごしてしまったものです。

やりもしなかったゲームでありながら、そのタイトルを振り返るだけで、当時の、そしてその頃の自分について思い起こすことが少なくないほど、影響力のあるゲームブランドだったと今、思う訳です。

オープニングムービーより

オープニングに使われたムービーシーンは、プレイしたことがなくても、幾度も目にしたビジュアルで、1997年2月のスクエア(現、スクエアエニックス)のPlayStation参入発表で使用され繰り返しゲーム誌等で紹介されたものです。任天堂のゲームビジネスの稼ぎ頭筆頭のスクエアがPlayStationに寝返ったことはゲーム業界やゲームをたのしむ人たちだけでなく、経済誌や新聞までもが取り上げて、未来予想図を語り始めるほどのインパクトをもたらしました。

次世代機として登場したPlayStationは扱える色数が多いことがウリで当時のゲームは中間色を多用。全体が見えづらいのだけど当時はそれがすごいことだった。

当時の自分はというと、このことを素直に喜べず、嫉妬もあり、アンチスクエアの立場を仲間に表明していました。スクエアはゲームよりもビジネスを選んだ、任天堂コンソールでファイナルファンタジーシリーズを楽しんだ我々への裏切りだ、ビッグプレイヤー登場でPlayStationのビジネスモデルが変質する等々。

iPhone版は当時の作品をまま移植したもので、メニュー上の選択は指のカーソルを画面左下に表示されるコントローラで操作。正直、大変。

最後のPlayStationビジネスモデル云々は、当時のPlayStation陣営にはなかなか任天堂陣営のようなメガタイトルがなく海外を含め数多の小規模、新規参入のソフトハウスの参入を促し(「すべてのゲームがPlayStationに集まる」と前向きなメッセージ発信をしつつ)、そのさまは今のスマホアプリのような玉石混交の体だったことです。それはそれで可能性を感じさせる面もあったように思います。そこにビッグプレイヤー、ビッグタイトルです。

ゲームを進めながらさまざまな事柄が脳裏に去来しましたが、凄腕のソルジャーとして反神羅組織アバランチからの雇われ仕事(実際は10分以内に逃げ出さねばならないと言うタイムトライアル)をクォータービュー画面の操作は難しいなぁと文句を言いながらクリア。無事、アバランチのアジトにたどり着き、(はじめて会った)幼馴染のティファに子どもの頃にした約束を果たせと迫られ、引き続きアバランチの手助けをすることになりました。

こんな形でゲーム日記を続けていきたいと思っています。

進もうと思ってカベにぶち当たることの繰り返し

つづく

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